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Nankai Kisen 1964? 白浜航路 水中翼船つばさ丸
1964(昭39)年?
南海汽船

87mm×182mm 6つ折
内海に白い航跡を引いて−水中翼船の時代

 京阪神の奥座敷として人気の白浜温泉は、なぜか、そこに至る交通の面でもユニークな試みが数多く見られます。古くは戦前の1933年(昭8)に、阪和電鉄が鉄道省線との直通客車列車を運転。これは、私鉄内は電車に牽引されるという珍列車でした。1935年(昭10)には、日本航空輸送研究所が堺−白浜間に航空路線を開設。もちろん、全国的に航空路線はほとんど無く、航空旅行が高嶺の花だった時代のことです。戦後には、日本航空輸送研究所の遺志を継いでか、日東航空が水陸両用機による航空路線を開設しています。

数々の新しい試みが多い白浜への道
 こうした先進的な試みにまた新たな一ページが加わったのは、1962年(昭37)7月のこと。南海汽船が阪神−白浜間に日本初の水中翼船を就航させました。スイスのメーカーから輸入されたPT-20型と呼ばれる68人乗りで、「つばさ丸」と名付けられ、大阪−白浜間を神戸・和歌山経由の3時間40分で結びました。
 「つばさ丸」の速度は時速75km。当時、国鉄で天王寺−白浜口間は約3時間でしたから、所要時間は劣っていますが、アトラクション的な面白さはあったのではないかと思われます。なお、「つばさ丸」に始まる初期の水中翼船はスクリューによる推進ですが、最近の水中翼船(ジェットフォイル)は水噴射による推進となり、高速性能がアップしています。
 水中翼船による航路は瀬戸内海など日本各地に広がりましたが、高速道路や鉄道網の発達により、スクリュー型水中翼船では速度の優位性も薄れ、現在ではジェットフォイルによる離島航路が水中翼船の活躍の場となっています。風光明媚な島々の間を白いしぶきを上げながら進む姿は過去のものとなりました。

 白浜航路は、国鉄紀勢線に特急「くろしお」が登場したこともあり、1969年(昭44)に休航となってそのまま消滅したようです。


時刻表には、難波から南海電車で和歌山まで出て、そこから乗船するというルートも掲載されていました。
関連項目

温泉へは直通列車で(南海鉄道、1935年)
水陸両用機が活躍した地方エアライン(日東航空、1961年)
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