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NASA Airlift schedule 1961/10 NASA AIRLIFT SCHEDULE
1961(昭36)年10月
アメリカ航空宇宙局
203mm×265mm 一枚
宇宙開発を支えたNASA関係者用航空便

大陸間弾道ミサイルから宇宙ロケットへ
 第2次大戦末期、ドイツのミサイル兵器を目の当りにした連合国は、軍によるミサイル=ロケット開発に取り組むことになります。そして、冷戦時代という背景がその動きを加速する中、人類は科学的見地からも宇宙を目指しました。

月への第一歩を踏み出した時代
 宇宙へのレースは、ソ連が1957年(昭32)に初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げて本格的に開幕します。これに危機感を抱いたアメリカでは、国家プロジェクトとして宇宙開発を推進するべく、NASAが設立されました。
 NASAは政府・軍・民間の各機関の寄せ集めという成り立ち上、様々な場所に施設が分散しています。この時刻表は、そうした施設間を結ぶ関係者用航空便の時刻表です。

 この時刻表の年の4月には、ガガーリンによる初の有人宇宙飛行が成功し、またしてもアメリカはソ連に出し抜かれていました。アメリカ初の地球周回飛行が成功するのは、翌年のことです。


拡大画像その1。
第1の路線は、NASA本部のあるワシントンから、ラングレー研究所とワロップス島を結んでいました。
ラングレーは航空工学の研究所で、ワロップスはロケット打ち上げ施設のある島です。



拡大画像その2。
第2の路線には「マーキュリー・ルート」、第3の路線には「レッドストーン・ルート」の愛称がついていました。
前者は、当時アメリカが推進していた有人宇宙飛行「マーキュリー計画」と、使用される宇宙船の名前から採られています。
「レッドストーン」はマーキュリー宇宙船の打ち上げロケットの名前です。
ロケットの名前自体は、このロケット(=ミサイル)を開発した陸軍の兵器廠の名前に由来します。

この兵器廠には当時、「マーシャル宇宙飛行センター」があり、大戦中のドイツ人技術者達がロケット開発に携わっていました。
月着陸を果たしたアポロ宇宙船打ち上げに使用されたサターンV型ロケットもその成果です。

宇宙開発史についてはとてもここで書ききれるものではありません。
しかし、当時の事情を伝える映画「ライトスタッフ」(同名のドキュメンタリー・ノベルからの映画化)という大作があります。
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